こんにちは!
Nagu豊中です。
今回は、プライドについて書きます。
「プライドが高い」と聞くと、どんなイメージをお持ちでしょうか。
メディアで見聞きする、一流のアスリートや職人さんが、自分の技術に誇りをもつ姿。
身近なところでは、他人の意見に流されず、自信をもって発言・行動する人の姿が浮かぶかもしれません。
他人の意見を聞かない、負けず嫌いといった印象をお持ちの方もいらっしゃるかと思います。
他の人と比べ優れた技術を持っていることで、自信にあふれているイメージがありますね。

それでは、「プライドが低い」はどんなイメージでしょう。
すぐに謝る。自分よりも他人の意見を優先する。
インターネットで検索すると、そのような言葉も多く見られました。
どちらかというと、マイナスのイメージが強いのかもしれません。
こちらも、他の人と比べた中でのイメージですね。
プライドを辞書で調べてみると、
“誇り”“自尊心”“自負心”
“自分の人格を大切にする”“自分の才能や仕事に自信と誇りを持つ心”
と書いてありました。
これらの言葉には、他の人と比べるニュアンスは全くありません。
誰かとくらべて優れているからではなく、そのままの自分を大切にするイメージでしょうか。
「自分は周囲より優れている」から自分を大切に思うのではなく、そのままの自分を大切にするということのように感じとれます。
そう考えると、前述した「プライドが高い」のイメージは、少し違和感が出てきますね。
周囲との比較ではなく、自身の技術自体に誇りを持っているアスリートや職人さんは別として、日頃の生活の中で使われているイメージは少し違う。
他の人との比較の中でだけ自分の価値を見出していることは、本当の意味でプライドが高いとは言えないかもしれません。
得意だと思っていたことで誰かに負けたと感じたとき、一気に自信を失ってしまうことにもつながりかねません。
また、「プライドが低い」のイメージで出てきた「すぐ謝る」「自分よりも他人の意見を優先する」といった言葉。
これらのことは、視点を変えてみると、実は自尊心が高いからこそできることだとも考えられます。
自分を大切にしているから、他人の意見も大切にできる。
自分の意見が通らなかったら負け、というような感情がないから謝ることができる。
気持ちの面で相手より優位に立とうと思わないからこそ、できることのようにも思えます。
他人との比較の中で自分の優れているところを見つけて自信を持つ、というのは、自信のなさの裏返しなのかもしれません。
自分ではない他の誰かの優れたところを見つけたり認めたりすると、負けた気がする。
自分の主張を引っ込めて相手の主張を通すと負けた気がする。
そうならないように、他の人の話を聞かずに強い言動をとってしまうのは、本当に自分を大切にしているとは言えませんね。
他の誰かのことをすごい!と感じたり褒めたりしても、自分の価値が下がるわけではありません。
むしろ、相手の良さを認めることができたことにより、周囲からの評価は上がるかもしれませんね。
他の人の意見を聞き入れることも同じです。
勝ち負け思考で他の意見を切り捨てるのではなく、いい意見をうまく取り入れることで、化学反応を起こすように自分の考え方が深まったり、良いアイデアが浮かぶかもしれません。
もちろん、得意なことに自信を持つのはすばらしいことです。
今まで書いてきたことと矛盾するようですが、周囲との比較の中で自分の得意に気がつくのも、また事実です。
得意だと気がついた自分の宝物を、どう生かしていくか。
相手より優位な立場に立つために使うのか、それを磨いて心の充実のために使うのか。
変な意味でのプライドやこだわりは捨てて、本当の意味で自分のプライドを大切にできれば、少し気楽に毎日を過ごせるような気がします。














